【歴史の本】横手慎二『スターリン』|非道の独裁者だが、ロシアでは結構高評価だったりする

今回は、横手慎二『スターリン』(中公新書、2014年)の紹介をします。

 

1.概要

20世紀ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンの伝記です。

日本では、一般に極悪非道で知られるスターリンですが、ロシアでは評価は二分されているという事実を紹介した後、スターリンの生涯が語られます。

カフカース地方、グルジアのゴリに生まれ、ソソと呼ばれていたスターリンは、青年期までは、優れた能力を示しつつも、至って普通の優等生でしたが、都市部のチフリスにある神学校に入学してから、当時のロシア帝国に対する反体制運動・社会主義運動に傾倒していきます。

その後、スターリンは、レーニンの影響を受け、後継者となっていく過程で、組織を統治する術を身に付け、多くの農民を餓死に追いやった急進的な工業化政策をとる独裁者へと変貌していきます。

そして、第二次大戦では、ソ連の統治者として、ヒトラーによる侵略を防ぎ切りました。

著者の横手氏は、慶應義塾大学名誉教授。

 

2.感想

(1)スターリンに好意的な本

あらすじでも書いたように、ロシアではスターリンの評価は決して低くないことの紹介から始まるこの本は、中立的ではありますが、どちらかというと、スターリンに好意的かなと思います。

スターリンを中心に歴史を観ていく中で、決してスターリンの能力を誇張することなどはありませんが、スターリンの周囲の人間や、採った政策や、出世の道程については詳細に描写される一方で、餓死してゆく農民や被粛清者たちについては、ほとんどは数字上の記述にとどまっています。

そして、中立的な文体で、変にスターリンを英雄性を強調していないがゆえに、むしろスターリンの偉大さが浮き立っているように感じました。

(2)普通の人だったから独裁者になった?

この本によると、現在までの研究成果において、スターリンが幼少期から野心家であったとか、サイコパスらしさを示したということはなく、二次大戦中にドイツ軍の捕虜となった長男ヤコフを国家のために切り捨てたときも、人間的な苦しみを見せたそうです。

ごく普通の少年であった、そして、普通に家庭を持つ夫であり父であった人が、次第に冷酷さを身に付け、独裁者になっていったというのは、ぼくがイメージしていたスターリンとはずいぶん異なりました。

ただ、スターリンが有能なライバルたちとの競争に勝って独裁者となれた大きな理由は、理想主義的で空想的な社会主義の理論的な部分にのめり込むことなく、組織の在り方について考察し続けた実践的な統率者であったからだと思います。

もしも、スターリンが野心家であり、自己を過大評価する理想主義者であったならば、ライバルたちと同じように理論を弄ぶことに耽っていたかもしれませんから、自己を過大評価しなかったであろう普通の人であったからこそ、スターリンは権力闘争を勝ち抜くことができたのかもしれないなと思いました。

(3)スターリンを高く評価するロシア人の視点

スターリンの農民を犠牲にした急進的な重工業化政策によって、多くの弱き者たちが苦しみの中で死んでいきましたし、権力を掌握し続けるための無茶な粛清は、多くの冤罪によって裁かれた人々を生んだことでしょう。

これらは、スターリンの負の面として強調される部分であり、現在の先進国の価値基準に照らせば、言語道断の悪政でしょう。

ただ、それでもスターリンを高く評価するロシア人が今日も多いのは、「スターリンがロシア(ソ連)をナチスから防衛することに成功した」という結果が非常に大きいそうです。

そして、当時のソ連の状況において、スターリンによる無理を通す工業化政策の推進と粛清による強固な組織が無かった場合に、ナチスに勝てただろうかという疑問が、その過程を正当化させているのでしょう。

しかし、このような過去への評価は、「現在においても、状況によっては深刻な犠牲も容認すべき」というように、容易に現代の価値観を浸蝕するものなのではないかと、ぼくは不安に思ってしまいます。

スターリン(中公新書)