上遠野浩平『ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッド』|「自分」とは何なのか、戻らない日々

2018年12月23日執筆

 

前の巻『ブギーポップ・イントレランス オルフェの方舟』の紹介記事

 

こんにちは、尾崎すぐるです。

昨日は、ブログ更新をお休みして申し訳ありませんでした。

今気づいたんですが、明日はクリスマスイブなんですね。

まあ、ぼくには関係ないイベントです。(´・ω・`)

子どもの頃は、クリスマスが楽しみだったんですけどね……。

 

さて、今日の1記事目は、上遠野浩平『ブギーポップ・クエスチョン  沈黙ピラミッド』(電撃文庫、2008年)の紹介です。

 

1.あらすじ

高校を卒業し、大学進学を間近に控えた館川睦美と小守時枝は、中学時代の同級生、真下幹也と再会し、時枝の撮った写真に写ったブギーポップについて話していたことから、非日常の世界に巻き込まれていきます。

3人で時枝が写真を撮った送電線塔の場所に行ってみると、統和機構の合成人間同士の戦いに巻き込まれ、そこで、スーパービルドの空気を操る合成人間、メロー・イエローに出会います。

メローに言われてブギーポップについて調べることになった3人ですが、その途中で駅前の複合施設に立ち寄り、スプーキー・Eの切り落とされた耳を発見します。

スプーキー・Eから情報を仕入れたメローたちは、真実に迫っていくのですが……!?

 

2.感想

この巻もイマイチ理解が追い付かないところがあったんですが、テーマとしては「何が自己を規定するのか」ということだったのだろうと思います。

思い出や記憶が自我を形作るのでしょうか?

作中で睦美が思っているように、そもそも自分と他人の見ている世界が同じである保証はないわけですから、思い出や記憶それ自体が自我ないし主観によるものであるわけです。

では、世界の見え方を決める、思い出や記憶の土台となる自我とはどこからやってきたものなのでしょう。

魂と呼ばれるものだとして、では、魂とは?

いや、考え始めると頭おかしくなりそうなので、この辺でやめときますが、まあ、そういう人間が大昔から時代が変わっても延々と考えてきて、疑問に思うとおかしくなりそうな深淵に関するお話だったわけです。

そういうことで、タイトルが『沈黙ピラミッド』なのですが、上手いタイトルの付け方なのかどうか、ちょっと良く分かりませんね。

それから、この巻から随分とイラストが今風になりました。

前の前の巻ぐらいからイラストに変化の兆候ありましたけれど、やっぱり、プロというのは時代に合わせた変化が求められるのですね。

 

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